今日、家に帰る道すがら、あれこれと移り行く雑念を整理していくうちに、ある一つの確信を得ることになった。

「自分の中には確信がない」

という確信だ。ふとその矛盾に笑みが浮かんでしまったが、一つの矛盾を含むにせよ、このことはある程度確からしさをもっているように思う。

なぜ、このようなことを思うに至ったのかというと、話は大学時代にさかのぼる。当時、いろいろな選択の結果、歴史学を主に勉強することになった僕は、その学習方法が小説やドラマ、漫画などで溌剌としている動的なものとは異なっていることを徐々に理解していった。「歴史の成り立ちは文字の成立により始まった」という受験期に得た知識通り、大学の研究室での学習は、先人の遺した文献に拠るところがほとんどだった。研究室は中国史を標榜していたから、取り扱う文献は中国各王朝を記録した正史が主だ。つまり漢文である。漢文を正確に読み取り、そこから得られる事実を基にして、当時の政治・経済・文化・制度などを理解していくいうのが基本的な作業となった。

学部生に出来るのは知識と時間の関係上、そのような基礎的な歴史学習となったのだが、そのような静かな学習をしばらく経るにつれて、僕は一つの疑問を抱くようになった。

「歴史って本当に正しいの?」

ということだ。これは毎日のように素朴な学習を繰り返す者の素朴な疑問だったのだが、どうやら歴史学の禁忌とされる類の疑問ではないかということは感覚的に分かった。しかし、思ってしまったものは仕方がなく、その疑問が払拭されない限りには勉強にも身が入らない。そこで、ある日の、研究室の懇親会という名の授業を潰した飲み会で、いつも御世話になっていて人間的魅力を感じていた院生の先輩に尋ねてみた。「歴史は絶対的なもののように教授は説かれるが、その研究史料が人間によって書かれる以上、その主観によって事実が歪められて遺されているということはあるのではないですか。そうすると、それを読み取る歴史学者がいくら教授のように素晴らしい方でも、紡ぎだされる歴史には『まちがい』が生じてしまうのではないですか」というように。

先輩はちょっと考えてから努めて明るく自論を広げてくれた。

「確かに歴史家が誤ることもあるし、歴史学者が誤ることもある。だから歴史は当然完璧ではない。しかし、それは100ではないというだけだ。歴史家は誤ったとしても、歴史学者は文献を正確に読み取ることでそれを修正し、100に限りなく近づけることは出来る。例えば、Aという事象が起こって、次にBという事象が起こる。二つにどのような相関関係があるかを調べるためには、その二つだけの関係を見るのではなく、CやDといった別の事象との関係も考えてみることが必要となるんだ。そのように多角的に物事を考察することで、新たに正確なものが見えてくることもある。そして歴史は100に近づく。その性質上、歴史は時とともに変わるというのも一つの事実だけれど、僕達はできるだけ偶然性を排除して確実なものを導き出すことが必要なのだ。」というように。

僕はなるほどと思った。「歴史は完璧ではない、100ではない」というその言葉にだ。歴史がそうなのならば、世の中の成り立ち(過去)から、その仕組み(現在)まではすべてあいまいでないか。今の瞬間は次の瞬間には闇に消えるのとほとんど変わりないではないか。とまでは思わなかったが、とにかく確かなもの(100)などないのだということだけは心に重く沈んだ。

普段生活していても気付くことがある。なんとあいまいなことの多いことだろうと。特に自分はなんてでたらめなのだろうと。過去の行動の理由を求めようにもその時の熱い感情はすでに薄れて、そもそも人とはそういう時にどういう気持ちを持つものなのだろうと一般的なものを求めなければならなくなったり、自分という尺度があっていいものなのに、何かをしようとするときには必ず自分以外の何かにお伺いを立ててしまう。好きなものを好きと信じず、好きであろうという推測を重ねることで好きだと信じ込もうとする。本当にあいまいだ。確信がない。

きっと僕の中には100に対する恐怖がある。すべてを信じてしまう恐怖であり、全てを捧げるということの恐怖である。「1+1」だって本当のところ答えは分からない。数学的には「2」だろうが、だからなんなのだろうか。絶対的なものなどこの世にはないと誰かが言っていたが、その通りだろう。

ということで、僕は確信がないという確信を得た。ただ一つ面白いと思うのは、最初に述べたとおり、確信がないという確信にも確信がないということだ。僕の確信はそのように繰り返し崩れ、また新しい芽生えが起こる。そのようにして僕は新しい風を感じ、毎日のように違う空を見上げる。だから世の中は幸せに満ちていると思えるのだ。

コメント

EIJI
2009年1月28日0:19

おお~復活おめでと~~
何か、嬉しいよ。
きまぐれでも良いから、また書いてね。

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