最近、電車に乗るたびに小学生の遠足に遭遇する。彼ら特有の騒がしさには、すでにこちらの感覚も麻痺してしまって何の憤りも感じなくなり、むしろ、
「ある程度のマナーを守ってくれれば、子供が元気なのはいいことだ」
くらいに思うようになってきた。
だが、である。今日ちょっとした事件が起こった。また例のごとくボーっと電車に乗っていると、いつもの歓声と共に大量の人影が電車に乗り込んできた。
「はいはい、いらっしゃいませ」
と心も穏やかに温かく迎えようと視線を移してみた。しかし、そこにはいつもと違う集団が我先にと席を取り合う姿があった。そう、中高年の方々である。今時、小学生でも席の取り合いなどせずに静かに乗ってくるっていうのに、普段は社会の良識を自負しているであろう、中高年の方々のその光景はちょっと浅ましかった。しかも乗ったら乗ったで、トーク全開でいらっしゃる。小学生なら教員の方が指導しているから静かだけれども、なんのブレーキもないと子供以上に喋りまくる中高年。なんかやりきれなかった。
なんとなく前から思っていたのだが、こと電車のマナーに関しては、若者よりご年配の方の方がなってないような気がする。だいたい若者ならなんとなく許せてしまうというのもある。
「ああ、世の中知らないんだな」
と。しかも若者もマナーがなってない人は、服装でなんとなく分かる。しかし、中高年の方は、見た目も普通の方がマナー違反していることが多いような気がする。しかもそういう方々を見ていると、普段批判の矢面に晒されている若者(?)の一人として、かなりの憤りを感じてしまう。
「あなた達の方がなっていませんが何か?」
ってな感じである。
何かの本で読んだが、マナーのなっていない若者は一般的に、公共の場所もプライベートの空間として捉えることが多いらしい。、つまり他人を人と思わない感覚で過ごしているという。だからマナーの悪さというのも、家で過ごしているかのような感覚がそのまま公共の場に表れてしまっているということになるらしい。では、中高年になるとどうなのか。だいたいにおいて中高年は
「自分達こそが社会の良識」
と信じて疑わない傾向があるような気がする。自分達こそが正義。だから間違っているのは、私達を疑うあなたたち、といった感じに。かといって自分達が本当に正しいのかは疑わないその傲慢さ。最強のジャイアニズムだ。
いろいろ言い過ぎたが、結論から言えば、若者は許せて、中高年を許せないというのは、僕の心の狭さが成せる業だろう。しかし、ぜひとも日本を指導する立場の大人には良識を保って行動してほしいと願うばかりである。自分も自省の念だけは忘れず、謙虚な心持ちでいたいものだ。
「ある程度のマナーを守ってくれれば、子供が元気なのはいいことだ」
くらいに思うようになってきた。
だが、である。今日ちょっとした事件が起こった。また例のごとくボーっと電車に乗っていると、いつもの歓声と共に大量の人影が電車に乗り込んできた。
「はいはい、いらっしゃいませ」
と心も穏やかに温かく迎えようと視線を移してみた。しかし、そこにはいつもと違う集団が我先にと席を取り合う姿があった。そう、中高年の方々である。今時、小学生でも席の取り合いなどせずに静かに乗ってくるっていうのに、普段は社会の良識を自負しているであろう、中高年の方々のその光景はちょっと浅ましかった。しかも乗ったら乗ったで、トーク全開でいらっしゃる。小学生なら教員の方が指導しているから静かだけれども、なんのブレーキもないと子供以上に喋りまくる中高年。なんかやりきれなかった。
なんとなく前から思っていたのだが、こと電車のマナーに関しては、若者よりご年配の方の方がなってないような気がする。だいたい若者ならなんとなく許せてしまうというのもある。
「ああ、世の中知らないんだな」
と。しかも若者もマナーがなってない人は、服装でなんとなく分かる。しかし、中高年の方は、見た目も普通の方がマナー違反していることが多いような気がする。しかもそういう方々を見ていると、普段批判の矢面に晒されている若者(?)の一人として、かなりの憤りを感じてしまう。
「あなた達の方がなっていませんが何か?」
ってな感じである。
何かの本で読んだが、マナーのなっていない若者は一般的に、公共の場所もプライベートの空間として捉えることが多いらしい。、つまり他人を人と思わない感覚で過ごしているという。だからマナーの悪さというのも、家で過ごしているかのような感覚がそのまま公共の場に表れてしまっているということになるらしい。では、中高年になるとどうなのか。だいたいにおいて中高年は
「自分達こそが社会の良識」
と信じて疑わない傾向があるような気がする。自分達こそが正義。だから間違っているのは、私達を疑うあなたたち、といった感じに。かといって自分達が本当に正しいのかは疑わないその傲慢さ。最強のジャイアニズムだ。
いろいろ言い過ぎたが、結論から言えば、若者は許せて、中高年を許せないというのは、僕の心の狭さが成せる業だろう。しかし、ぜひとも日本を指導する立場の大人には良識を保って行動してほしいと願うばかりである。自分も自省の念だけは忘れず、謙虚な心持ちでいたいものだ。
コメント